「あれ? 莉奈ちゃんは?」


卓巳の家の玄関に子供用の靴がないのを見て尋ねた。


「あー、実家の方に行ってるねん」

「また?」

「最近は自分から行きたがるようになったからなあ。俺のオカンが莉奈のこと甘やかすから」

「あははっ」


あの小さな赤ん坊だった莉奈ちゃんも、今では保育園児。

卓巳に似てクラスの人気者らしい。

わたしにもよく懐いてくれる、可愛い存在だ。


「んじゃ今日はふたり鍋といきますか」

「いいねえ~。雑炊もしよう」


調理はやはり卓巳が担当で、わたしは食器を並べたりDVDをセットしたりする。
 

この日、鍋を食べながら観たインドの映画はなんだかよくわからない内容だった。

だけどその分、いろんな話をしながら観るのに向いていた。

わたしたちは映画とまったく関係のない話題で盛り上がった。



「あ、もうこんな時間や」


送っていくわ、と言って卓巳は車のキーを取る。


「そういや明日って、葵の予備校休みやっけ?」

「うん」

「そっか。ゆっくり寝て体を休めろよ」


次の日が休日であっても、卓巳は日付が変わる前に必ずわたしを送り届けてくれる。


夜を共に越す、というプレッシャーを、最初から与えないようにしてくれている。



きっちり23時55分。

マンションの前に車が着いた。


「いつも送ってくれてありがと」

「あ、葵!」


降りかけたわたしに卓巳が言った。


「あの話さ。ゆっくりでいいから、真剣に考えといてな」

「……うん」


ちょうど1ヶ月前。

卓巳から、結婚を申し込まれた。


――『子供とか望まへん。ただ、そばにいてくれたらいいから』


それがプロポーズの言葉だった。