目の前が急に色を失い、暗くなっていく――。
 

だけど遠くなりかけた意識を、強烈な吐き気がいっきに引き戻した。


瑠衣の手をふり払って洗面所に駆け込んだのと、生温かいものが体を逆流して出たのは、ほぼ同時だった。


「……ハァッ…ハァッ」
 

残ったものを吐き出しながら激しく呼吸する。

ドクドクドクと血管が波打つ音が、はっきりと聞こえている。
 

やっと嘔吐が終わったと思えば、今度は別の異変が体を襲った。
 

息が――ちゃんと息ができない。

どれだけ吸っても酸素が体に入らない。

指の先から痺れが始まった。

それは全身に広がり、まるで脳まで痙攣していくようだった。
 
徐々に白くなる意識。

だけど目の前は血の色に見える。


苦しい。

助けて。

助けて――。



「――葵っ」
 

かすかに彼の声が聞こえ、紙袋のようなものが口元に当たった。

わけもわからず酸素を求めて、必死で呼吸した。

何度も、何度も。
 

しばらくすると、張り詰めていた血管がふっと楽になった。


体の痺れも嘘のように落ち着いていく。


「はぁ……っ」
 

やっと、息ができた。


その安堵からか、それともまだパニックの中にいるのか、涙だけはちっとも止まる気配がなかった。


「葵――」
 

瑠衣はわたしに手を差し伸べようとして、触れる寸前で止める。


そして、行き場をなくした右手は……ゆっくりと降ろされた。


何かが壊れた瞬間だった。


床にうずくまって流すわたしの涙を、きっともう、瑠衣は拭いてはくれない――。