わたしたちはすぐには眠らず、しばらくちびちびと日本酒を飲んだ。
 

よく耳をすましたら、かすかに波の音が聞こえていた。


窓辺に立つと、自分の姿が窓ガラスに映り、景色の中に浮かんでいるように見えた。
 

瑠衣が、近づいてくる。


ガラス越しに、それを見ていた。


「……また来よう」
 

後ろからわたしを抱きしめて、瑠衣はつぶやいた。


「こんどは夕日が見える時間にな」
 

“また”とか“こんど”を瑠衣が口にするたびに、わたしはその言葉を形にして、残しておきたい気持ちになる。


目に見えない約束が怖かった。

夜の海に浮かぶわたしの顔は、今にも泣きそうだ。
 

抱きかかえられ、布団に移動した。


浴衣は普段の洋服よりもずっと裸に近いのに、瑠衣は確かめるように、ゆっくりと脱がせた。
 

肌が触れ合って、その熱さにわたしはビックリする。

瑠衣もわたしの肌をそう感じているんだろうか。
 

きつく抱きしめられ、ついばむようなキスをした。



――『先生、わたしね』
 


口付けが、しだいに深くなっていく。



――『あの日瑠衣と……』
 


頭が、体が、熱で蒸発してしまいそうだ。



葵、と耳のそばで優しく名前を呼ばれた。


大好きな、瑠衣の声。
 

熱い吐息が首筋を降りて胸にかかった、

そのときだった。



――『だって先生、セックスできないんでしょ?』



耳が裂けるほどの、金切り声が部屋に響いた。

それが自分の声だとはとても信じられなかった。


「葵……?」
 

混乱に飲み込まれるわたしの肩を、瑠衣は必死で捕まえようとする。


「触らないでっ」


コントロールできない言葉が飛び出した。

涙腺が壊れたように、涙があふれた。