「なんで……それを」

「なんで? 先生って案外、お人よしなんですね」
 

涼子ちゃんの声からは、もう悪意しか感じない。


「あの日、なんでわたしが瑠衣の部屋にいたと思ってるんですか?」
 

あの日――?
 

わたしが瑠衣の家に行った、数ヶ月前の冬のことを言っているんだ。
 

そう。

“あの日”。

たしかに涼子ちゃんは瑠衣の部屋にいた。
 

でも……涼子ちゃんに告白されたけどちゃんと断ったって、瑠衣は言ってたじゃない。


それだけじゃないの? 
 
どうして涼子ちゃんは、わたしの秘密を知っているの?
 
どうして、そんなに勝ち誇った瞳をしているの――?


「先生。わたしね、あの日瑠衣と……」

「やめてっ!」


本能で叫んだ。

防御のための、本能。

きっとわたしは、彼女の言葉の続きを聞いたら、壊れてしまう。


「聞きたくない」

「でも、きっとすぐにわかりますよ?」

「聞きたくないってば!」


背を向けて逃げた。

声を聞くのも、顔を見るのも、怖かった。
 

息が上がってくる。
 
頭がぐるぐる回る。
 
切符売り場の前まで走ってきたとき、瑠衣の姿を見つけた。


「あ、葵。おはよ――」

「行こう、早くっ」

「え!? どうした?」


目を白黒させる瑠衣の腕を引っぱり、走り抜けるように改札を通った。
 

瑠衣。

お願い、今は後ろを振り向かないで。
 

わかるんだ。

まだ彼女が、わたしたちを見ていることが……。