春が来て、瑠衣は大学生になった。

つまりもう予備校に通う必要がなくなったということだ。


わたしたちは、正真正銘“ただの男と女”になった。


「……葵」
 

甘い声でささやかれてキスをする。

瑠衣の手が、そっとわたしの腰のあたりに触れる。
 

体をこわばらせると、瑠衣はその手をすぐに引っこめた。


「ごめん」
 

あやまるわたしに、彼は包み込むような優しい笑顔。


「気にせんでええよ。ゆっくり、な」

「うん……」
 

相変わらずわたしは瑠衣とのセックスができない。

抱きしめられたり、キスされるのは好きなんだけど。
 

そんなわたしを根気強く見守ってくれる瑠衣に、早く応えられるようになりたかった。


「葵さあ、カウンセリングとかは考えたことないん?」
 

ソファの上で体勢を直して瑠衣が言った。

「カウンセリング?」

「専門家に見てもらえば、良い方向にいくかもしれんやろ」
 

それはわたしも考えたことがないわけじゃない。


カウンセラーとまではいかなくても、たとえば同じ経験を持つ女性たちと会うだけでも何か変わるかもしれない。

そう思ったこともある。
 

だけどどうしても、一歩踏み込んでいく勇気がなかったんだ。


「そのうち必要になったら考えてみるよ」

「うん。そうやな」


頭をクシャクシャっと撫でられた。

逃げ腰のわたしを追い詰めるようなことを、彼はしない。


瑠衣。すっごく好きだよ……。


この想いは止まることなく加速していく。

 




春という季節のせいか、いろんなことがバタバタとあわただしく動いていた。
 

予備校には新しい生徒がどっと入ってきて、若々しいオーラに少し圧倒されそうになる。
 

瑠衣は大学の飲み会が続いて忙しそうだ。

人生初のアルバイトも始め、充実しているみたいだけど。

 

卓巳とは、たまに電話で話している。

新しい高校に赴任することになり、通勤が不便になったと嘆いていた。

でもきっと彼ならそこでも人気者なんだろうな、と思った。