「俺のこと殴ってもええぞ」

「え?」


意味がわからない。

目を見開いて顔を見る。

だけど卓巳は真剣だ。


「お前はさ、……虐待を受けてた子供時代のお前は、今でも怒ってるねん。泣きながら怒ってる」

「……」

「怒りを、自分自身に向けるなよ? それはあの男に向けるものやろ? 
あの男がいなくなったなら、代わりに俺に怒りを向けたらいい。俺はいくらでも殴られたる。
だから……自分に怒りを向けたらアカン」

「……わからへんよ、卓巳」


わたしは泣き笑いの顔で言った。


「そんな難しい話されても、わたし、わからへん」

「わからんでええよ」


骨がくだけそうなほど強く抱きしめられた。

その苦しさのせいにして、わたしはむせび泣いた。






帰りのタクシーの中で、卓巳はずっと手をつないでくれていた。

何か言いたそうだったけど、結局何も言われなかった。


卓巳はどうしてこんなに優しいんだろう。

7年前に裏切ったわたしを、なぜまた支えてくれるんだろう。



マンションの前まで来ると、部屋の電気がついているのが見えた。
 

瑠衣……やっぱり待ってたんだ。


「今日はありがとう」


タクシー代を渡そうとしたけれど、卓巳は受け取らなかった。

代わりに、差し出した手を握り、また何か言いたげな顔をした。


「卓巳?」


思わず体を後ろにずらすと、膝に置いていたバッグが落ちた。

一瞬緊迫していた空気が、その音でふっと戻る。


「ごめん。何でもない」


手を離して、シートに深く体をもたれさせる卓巳。


わたしは小さくバイバイを言って、タクシーを降りた。