「水野、待って。一緒に帰ろう」


卓巳だ。

驚いた。

この人は絶対に、飲み会の最後まで参加すると思っていたから。


「よく帰してもらえたね」

「水野が帰っていくの見えて、こっそり俺も抜けてきた」


そんな優しい言葉を与えられると、不覚にも心が解けてしまいそうになる。


眉根に力を入れるわたしの頬を、卓巳は意地悪っぽくつねった。


「さっきの話、気にすんなよ」


この人には何もかもお見通しで、嫌になる。


「気になんか……」

「お前、彼氏とうまくいってないんやろ?」


あまりにも率直な言葉に驚いて顔をあげると、卓巳の表情がちゃんと見えなかった。

ああ、涙が出ているせいなんだ。

そのとき初めて気づいた。


「今日のお前の顔、高校の頃みたいやぞ。俺と別れる直前の」


卓巳はそこで一度言葉を切って、言った。


「体の関係を拒んでた頃のお前」

「……」


そっか。

やっぱりわたしは、あの頃と同じ顔をしているんだ。


一番そばで見てきた卓巳に言われると、脱力と共に、なぜかすっきりした。


自覚はあった。

それに、最近の瑠衣はあの頃の卓巳みたいな顔をしてる。

そのことにも、わたしはとうに気づいていた。


「……こないだね、わたし、叔父さんに会いにいってん」


そう告げると、卓巳の顔が険しくなった。

「でも、叔父さんちは借金抱えてたから、逃げちゃっていなくなってて」


声が、途切れ途切れになる。


「あんな奴、わたしのいる世界から消えればいいって思ってたのに。いなくなってくれて、ホッとするべきやのに。
なんでやろう……あの日から、怖い夢ばっかり見るの」


自分の発する言葉が、胸を削っていくようだった。


卓巳は、道行く人たちの視線が集まるのも気にせず、わたしを抱きしめた。


あまりにも強く抱くものだから、苦しくて息がもれた。

涙もあふれた。