「ううん。ありがとう」


卓巳と電話を切ってから、わたしはずっと考えた。
 

どうすればいい? 

かつての卓巳と同じような想いを、瑠衣にさせないためには。

過去にも未来にも縛られず、彼を愛するためには。
 


もやもやとした気持ちで予備校の廊下を歩いていると、瑠衣の姿を見つけた。

自習室で机に向かう真剣そのものの横顔。

声をかけようとして、やめた。


瑠衣をわたしの松葉杖にしてはいけないんだ。
 

支えてもらうということは、その場所から動けなくなるということ。

手を離す瞬間の恐怖に、きっと耐えられなくなってしまう。


わたしは、わたしの足で。
 
歩き出すために、どうすればいい?








「わたし、決めたよ」
 

その言葉をやっと言えたのは、2ヶ月後だった。
 

突然真剣な顔をして言い出したわたしに、瑠衣は首をかしげた。


「決めたって何が?」


問いには答えずに携帯を取り出し、電話帳を開く。
 

そして、隣で不思議そうに見守ってくれる瑠衣の手を握り締め、発信ボタンを押した。


『――もしもし』

「あ、お母さん? 葵やけど」
 

電話をかけた相手が母親だとわかると、瑠衣はますます困惑した表情でわたしを見た。


『葵が電話してくるとかめずらしいやないの。どうしたん』

「うん……あのね」
 

深く深く息を吐いて、そして吸う。


「最近、叔父さんと連絡とってる?」

「えっ」


思わず隣で声を出してしまった瑠衣は、あわてて口元を手でおさえた。
 

張りつめた表情をする彼に、「大丈夫だよ」と瞳で伝えて、わたしはお母さんとの電話を続けた。