――「先生、あいつとうまくいったんですね」


あの日、お手洗いに行く瑠衣の背中を見ながら、栗島くんはわたしに耳打ちした。


「うん、おかげさまで」

「よかった。半年前に先生が消えたときは、あいつすげえ落ち込んでたから。
うまくいってくれて俺も嬉しいです」


親友ならではの言葉だった。

そして栗島くんは、もうひとりの親友のことも口にした。


「涼子の気持ちは、瑠衣も気づいたと思います」

「え?」


急に言われたので思考がストップしてしまった。


混乱するわたしに、栗島くんは簡潔に、けれど現実をしっかりと伝えてくれた。


「先生の悪口を流してたの、涼子やったんです。瑠衣の耳にもそれが入って、あいつら気まずくなってもーて。
それ以来、涼子もなんか人が変わったってゆうか、あんまりいい噂聞かんようになったし」
 

こないだも大学生風の男と飲んで酔いつぶれていたらしい、

と栗島くんはクラスメイトから聞いた話を教えてくれた。
 

わたしだって、涼子ちゃんの存在を忘れていたわけじゃない。

だけど瑠衣の口からは何も聞かされなかったから……。
 

彼らが子供の頃から保ってきた、幼なじみという図式は、わたしが加わったことであっけなく壊れてしまったんだ。
 

瑠衣の心情を思うと、胸が苦しくなった。



「あ、でも先生は気にせんといてくださいね。あいつらだって、ガキの頃からの付き合いなんやし、いつまでも避けたままってことはないやろうし」


「うん……」


だったらいいけど、とつぶやきながら、
わたしは心の中で別の感情が生まれていくのを自覚する。
 

――こんど瑠衣と涼子ちゃんが向き合ったときは、幼なじみの関係ではいられないだろう。


そんなの、絶対に嫌だった。

願わくば彼女の気持ちが冷めるまで、気まずいままでいてほしい。
 

瑠衣の幸せを望む一方でこんなことを考えてしまうわたしは、やっぱり最低な人間なのかな。