「うん、でも」

彼の足が止まる。


「情けないけど、俺は今までずっと、ぬくぬく守られて生きてきたんやと思う」


ああ、この子も変わろうとしているんだ、と感じた。
 

加速する成長のスピードに、わたしは少し怖くなる。


「俺、今まで自分で何か努力したこともなかったくせに、満たされてるんが当たり前やと思ってた。
だから親が離婚したときも取り乱すだけだったし」

「………」

「今度の受験、本気でがんばるよ」


つないだ手に力がこもった。


「親父の金で大学行くんはシャクやけどさ。
胸張って行けるように、精一杯がんばって勉強する」

「うん」
 

瑠衣は微笑んで、わたしに手のひらを差し出す。


どこからかノラ猫の鳴き声が聞こえる夜道を、同じ歩調でふたり歩いた。






 
たまたまそこに受験があった。

それだけの理由かもしれないけれど、瑠衣は次の日から努力の人になった。


夜中に眠れなくて月を眺めていたら、瑠衣から月の写メールが届いて驚かされたこともある。

同じ空を見ていたことは嬉しかったけど、そんな時間まで勉強している彼の体が心配だった。


【無理しない程度に頑張ってね。おやすみなさい】


返信をする必要がないように、わざと“おやすみ”を付け加えたメールを送る。

大人になっていく彼への、わたしからのエール。


前を向いて努力する彼がまぶしくて、

そんな姿をすぐそばに見られることが、嬉しかった。



……だけど、わたしはまだ言い出せずにいた。



打ち上げの店で、瑠衣が席を外したとき、栗島くんとひそかに交わした会話のことを。