わたしが首をかしげると、卓巳は言いづらそうに言葉を探しながら話した。


「いや、こんなん言うたら嫌な思いさせるかもしれんけど。
ほら、俺も高校のときに水野と付き合ってたから」


彼の言わんとしていることが、わかった。


つまり――わたしのトラウマ。

卓巳はあれを心配してくれているんだ。


「うん……。不安はあるけど、彼とふたりで乗り越えようって決めたから」

「そうか」


――この先、瑠衣への愛が大きくなるにつれ、忌まわしい記憶がわたしを襲うようになるかもしれない。


だけど瑠衣は、言ってくれたんだ。

ふたりでなら乗り越えられるはずだって。


わたしもその言葉を信じてみたい。


いつかダメになる“かもしれない”というだけで、もう離れるのは嫌だから。









瑠衣にとって高校最後の夏休みが、アブラゼミの鳴き声と共にやってきた。


じりじりと音をたてそうなほど熱くなったコンクリートに、黒く焼け付いた建物の影。


泳げないわたしですら海に行きたいなんて思ってしまうほど、この年の夏は猛暑だった。


もちろん海に行く暇などなく、ほぼ毎日、予備校の夏期講習に追われていたけれど。



そんな中でも、時々は授業が終わってから瑠衣と待ち合わせして、わたしの部屋で短い時間を過ごした。


高校の制服を着ることがない日々は、わたしたちをほんの少し大胆にした。

 



8月に入ったある夜、わたしと瑠衣はいつかのライブハウスに出向いた。