――床にこすれた背中が少しだけ痛くなっている。


夏の気配は夜になっても消えなくて、さらけだした肌にいつまでも熱気がまとわりついていた。


ふたりきりの資料室は静かだ。


言葉もなく、天井を見上げる。 

月明かりが窓際の壁を小さな四角形に切り取っている。
 

わたしは体を起こし、床に散らばる服をつかんだ。


「アカン。まだ、ここにいて」


瑠衣の腕が背後から伸びてきて、わたしの腰に絡みついた。


「……でも、職員室に戻らな心配されるから」

「そんなん言ってまた俺の前から消えるんちゃうん?」


瑠衣の腕に力がこもり、ずきんと胸が痛んだ。


「俺、もうあんな想いするんは嫌や。
いきなり会われへんようになって、寂しくて、ムカついて――苦しくて」
 

まるで今を逃せば二度と伝えられないみたいに、瑠衣は切羽詰った声でまくしたてた。
 

ごめん……ごめんね。

わたしは瑠衣の腕にそっと手を置く。

まだ少し汗ばんだ腕。



瑠衣の体は、細い。

それは貧弱という意味ではなく、筋肉のつき方がまだまだ未発達だから。


大人の男とは明らかに違う不安定な体つきは、背だけが先に伸びてしまった分、なんだか痛々しくも見えた。



「片瀬くん……いつからこの予備校に?」

「4月から。引越しして前の予備校は遠くなったし、先生がいないならあそこに通う意味なかったから」

「……そっか」


じゃあわたしは、瑠衣のいる場所に自らやって来たんだね。


笑ってしまう。

せっかく逃げたのに、また出会って。


これでもまだ気持ちを抑える方法があるのなら、誰か教えてほしいよ。