「今のは、ちょっと無鉄砲やったんちゃうか?」


喉が焦げ付いたように、言葉が出ない。


うつむいていると、彼の左手の薬指に指輪が光っていることに気づいた。


卓巳、結婚してるんだ……。

混乱していた頭が一気に冷めていった。


家庭があって、仕事もしっかりしている卓巳。

それに比べてわたしはなんてみっともないんだ。

卓巳の目には、どんなバカな女に映っているんだろう。


「水野さあ、あのまま車に乗ってたら絶対襲われてたぞ。
その辛さを一番知ってるんは、お前やろ?」

「やめてよ」


やっと声が出た。

なさけない声だった。


「そんなん言わんといて」

「でも、水野」

「別にわたしは、さっきの男とヤるくらい平気やったし。
そのつもりで車に乗ろうとしたんやから」


卓巳の瞳に落胆と怒りが浮かんだ。

その表情は、わたしをさらに追い詰めた。


「たかが……たかがセックスで、なんで卓巳に説教されなアカンの?
 卓巳だってホンマはヤりたいんちゃうん? だからあいつを追い払ったんやろ――」


バンッ! と大きな音がした。

足元のベンチを、卓巳が蹴った音だった。


「お前、男をバカにするんもいい加減にせえよ」


突き刺さりそうなほど鋭い声で言い放ち、卓巳はわたしに背を向ける。


その後ろ姿が見えなくなるまで、わたしは指ひとつ、動かすことができなかった。








突然の再会は、運命が変わる前兆。


そんなこと、このときはまだ気づいていなかったけれど。