「今日は早いんですね」

「明日から出張やねん。10日間、中国」

「え~、いいなあ」

「仕事で行くのに何もええことあらへんわ」


佐伯さんは大げさに顔をしかめて否定したあと、


「でもカナちゃんにはお土産買ってくるからな」


と得意げに耳打ちした。


まああんな安っぽいラブホテルに連れて行くような男だから土産も期待できないだろうな、と内心思いつつ、


「嬉しい! 楽しみにしてるね」


わたしは目を輝かせ喜んでみせた。






エレベーターで1階に降り、佐伯さんの帰りを見送る。

ドレスで露出した肩に、4月の夜風は少し冷たい。


「今日はありがとうございました。出張がんばってくださいね」


タクシーの後部座席に座る佐伯さんに、微笑みながら手を振った。


この仕事を始めて2ヶ月しかたっていないことが自分でも信じられないくらい、笑顔が顔にはりついていた。


飲食店が立ち並ぶこの辺りは人通りが多く、車はなかなか動かない。

ゆっくりと進みながらやっと角を曲がって見えなくなるまで、わたしは頭を下げていた。


そして、すっと姿勢を戻した。


誰かに見られていると気づいたのは、そのときだった。



極彩色にきらめく街。

交差しては消えていく人の影。



その中に見つけた、

忘れられない懐かしい顔。