「いいですよ」


あっさり言うと、佐伯さんの目尻に楽しそうな皺が浮かんだ。


「カナちゃんには負けるわ~。
よし、今日は新しいボトル入れような」


上機嫌で鼻歌を口ずさみながら服を着始める佐伯さん。


セックスした女が同伴をねだらなかったくらいで、どうしてこうも客は喜んでくれるんだろう。


わたしは自分の体を切り札にしようなんて最初から思っていないのに。


「じゃ、行こうか。カナちゃん」

「うんっ」



カナという源氏名は、働き始めた日にオーナーから与えられたものだ。


葵以外の名前なら、何でもよかった。






扉を開けると黒服が迎えてくれる。

ほのかな間接照明が照らす店内に、しっくりとなじんだ胡蝶蘭。

程よい余裕をもって配置されたソファからは談笑が聞こえる。



予備校をやめたわたしは、いくつかのアルバイトを経てこのクラブに落ち着いた。


システムはキャバクラのようだけどけっこうな高級店だ。


働く女の子の年齢も幅広く、落ち着いた雰囲気で居心地は悪くない――なんて、

これほどまで簡単になじめる自分がおかしかった。



「あ、俺そろそろ帰るわ」


佐伯さんが腕時計を見て言った。