そしてまた、


 わたしはひとり

 堕ちてゆく――






浴室の換気扇が壊れているせいで、せまい部屋の中は湿気が充満していた。

ただでさえもジメジメとした、辛気臭いムードの漂う部屋なのに。


「もう帰んの? カナちゃん」


“葵”ではない名前で呼ばれ、わたしは化粧を直す手を止めた。


「うん、そろそろ出勤やから」

「そんなん休めばええやんか。もっと一緒にいよ」

「でも店に迷惑かかるし」


佐伯さんは背後にまわり、帰るのを阻止するように長い腕をまわしてくる。


冷めた瞳のわたしと、バスタオル一枚の佐伯さんが、薄汚れた鏡に映っていた。


「カナちゃんは真面目やなあ。じゃあ、仕方ないから同伴しよか」

「ホンマですか?」


くるっとふり返ると顎をつかまれてキスされた。

グロスをつけたばかりの唇がぬるぬると滑り、不快な糸を引く。


5センチの距離で、佐伯さんはわたしの目をのぞきこみ言った。

「どうせカナちゃんだって、同伴が目当てで俺と会ったんやろ?」

「まさか。そんな計算してませんよ」

「じゃあ俺がこのまま帰ってもええんか?」