「たしか、片瀬瑠衣でしたっけ?」

「あ、はい」


わたしはあわてて表情をつくろい、うなずいた。


彼の名前は、いまやわたしの中で特別な響きを持っている。

片瀬瑠衣、という5文字を他人が口にするたび、胸を杭で打たれたような、だけど甘いような気持ちになるのだ。


わたしより10歳近く年配のその講師は、プリントの束を机の上でトントンと揃えながら言った。


「あまり男子生徒と親しくしない方が、賢明だと思いますよ」

「そんな、わたしは別に……」


反論しようとして、やはりやめた。

たぶんこの人は何気ない気持ちで言っているだけなんだ。

むきになる必要はないし、それに実際、心当たりがないわけじゃない……。


「あの年頃の生徒は好奇心が旺盛ですからねえ。
水野先生がその気じゃなくても、面倒なことになりかねませんから。

いや、別にね、仕事熱心なのはいいことなんですよ? 

ただ最近、片瀬瑠衣の友人たちとも特に親しくしてるのを見かけるんで、心配になってね。

ただの老婆心なんで、あんまり気にしないで下さい」


言うだけ言うと、彼は首をぽきぽきと鳴らして次の授業に出かけていった。