「あ、そうだ瑚春ちゃん!」
玄関の前まで来たところで、呼び止められて振り返った。
大家さんは振り返る前と同じ、離れたところに立ったままで、だけど少しだけ、困ったように眉を下げる。
「また、瑚春ちゃん宛てのお手紙来てるんだけど、どうする?」
トーンを落とした静かな声が、壁に反響してやけに大きく響く。
わたしは小さく息を吐いて、3度目の、でもさっきまでとは違う、苦笑を浮かべた。
「いつも通りでいいです。捨ててください」
大家さんの顔が寂しげに歪む。
だけどそれは見て見ぬふりをして、わたしは玄関の鍵を開けた。
吐いた息は白く濁って、ドアノブは切れそうなほどに冷たい。
もう、あれから5度目の冬が来たのだと、なんとなく、思った。
暗い部屋は驚くほどに寒くて、電気を点けるよりも先に暖房器具を急いで点けた。
今日は朝から冬眞も一緒に出掛けてたから、昨日みたいな夜ご飯は用意されていない。
冬眞は帰ってから作ると言っていたけれど、待つのも面倒だからってスーパーで惣菜を買って来た。
わたしが今までひとりで居たときと、同じ生活だ。
コートを脱いでハンガーに掛けていると、買って来たものを片付けていた冬眞が、ふいにわたしに目を向けた。
「なあ、さっきの手紙って、いいの?」