遠くの景色は、生まれ育った町とはまったく違った色を見せる。
そう、あの土地を思い出すのが嫌で、わたしはこの名前も知らなかった内陸の街にやって来た。
ここは、あの場所とは違う。
それだけが、わたしが、この場所に居る、理由だった。
◇
アパートに着くなり大家さんと出くわしたのは最悪と言える。
ただでさえ会いたくなかったのに、それに加えて冬眞とふたりでいるときに会ってしまうなんて。
「あらまあ瑚春ちゃん! 冬眞くんとお揃いでぇ!」
空いていた部屋に近々誰かが越してでも来るのか、片付けをしていたらしい大家さんは、通路でわたしたちを見かけた途端大声を出して引き止めた。
いつの間にか、冬眞の名前まで憶えているし。
「こんばんは。昨日、こいつが色々と頂いたみたいで、すみません」
「いいのよ別に。むしろ瑚春ちゃんっていつも遠慮するからあ、たまには頼ってくれてもねえ」
「ありがとうございます」
軽く頭を下げてから、とっととこの場を離れようと冬眞のモッズコートを引っ張るけれど、その行動を誰よりも上手く阻止できるのがおばさんという生き物だ。
「ほんとにもう、瑚春ちゃんは女の子なのにお家のことに無関心で心配してたけど、冬眞くんが何でもやってくれるなら安心ねえ」
いつの間にか冬眞の手が握られている。
別に逃がすまいとしてるわけではないんだろうけど、なんと手の速いことだろう。