「瑚春?」


顔を上げると、いつの間にか横に来た冬眞が小さく笑ってわたしを覗いていた。


「何ぼーっとしてんの?」

「……別に」


目を合わせないままに言うわたしに、だけど冬眞はその答えをわかっていたんだろうか。

少し間を置いてから、小さな声で「本当だ」と呟く。


「綺麗だな、この街」


長い前髪を分けて、細めた瞳で坂の向こうを見下ろす。

わたしは少しだけその横顔を見つめて、だけどすぐに、視線を落とした。


「……普通でしょう。変わりないよ、他の場所と」

「そうかなあ」

「そうだよ。どこにでもあるって、こんな景色」


感嘆の言葉を上げるほど、美しいと言えるものじゃない。

それは虚勢でもなんでもなくて、紛れもないただの事実。


今さら心なんて震わせられない、ただの見慣れたひとつの景色。


思い出の色を蘇らせない、あの土地とまったく違った、見慣れた、けれど見知らぬ景色。


「どこにでも……って言っちゃあそうかもしれないけど、でも、自分の住んでる街って、なんか特別だろ?」

「……どうだろ。そういうふうに考えた事ないや」

「瑚春は、この街が好きじゃないの?」

「……さあ」


答えた言葉は単純で、冬眞は拍子抜けでもしたように軽く息を吐いた。

わたしは「いくよ」と短く言って、その街の景色から目を逸らした。