「楽しかったな」
口笛が止んで、しばらくして。
ぽつりと、そんな一言が前から聞こえた。
「何が?」背中に向かって訊き返す。
「瑚春が働いてるとこ」
「楽しいかな? 店長がゆるいだけじゃないの?」
「人がいっぱいいた」
冬眞は立ち止まることなく、振り返ることもなく、まだ上を見上げた感じで歩きながら、白い息を吐いていた。
わたしは後ろから、夜と同じ色をしたふわふわと揺れる髪を見ていた。
「そりゃお店だもん、人がいなきゃ困るよ」
「そうだな」
「ていうか、あんたが集めてたんだよ、あれ。いつも平日はあそこまで人いないよ」
「そうか、じゃあ俺それなりに役に立ったかな」
「まあね。店長、あんたのこと雇いたいって言ってた」
「ほんとに? 俺よろこんで働くよ」
「わたしが断っておいた。あんたユーレイだからって」
そこでようやく、冬眞がわたしを振り返った。
軽く眉を下げて、首を傾げて見下ろして。
「ひどいな、瑚春」って困ったみたいに笑いながら言う。