「それは、違うんじゃねえのかな、瑚春」
ふいに店長が声を上げた。
それは、これまでとは少し違う声音だった。
注意したり怒ったり、そういうことを一切しない店長が、だけど時々言い聞かせるように話すときと同じ調子で、わたしに言う。
「何も知らねえ奴は、きっとあんな風には笑えねえと、俺は思うよ」
黙って見上げているわたしに、ふっと苦笑を漏らして。
「あのな、実は俺、昔は結構荒れてたんだけど」
「でしょうね。そんなふうに見えます」
「お前はたまにとんでもなく失礼なこと言うよな」
ひくりと片目を引きつらせてから、店長は軽く髭を掻いた。
「まあ、その荒れてたときにはな、結構とんでもなくひでえことをやったり、逆にされたりもしてさ。ちょっと立ち直れないくらいに辛いことだってあって。まあ自業自得ではあったんだけど、そりゃもうまさに心も体もボロボロで」
その頃の自分を思い出してでもいるのだろうか。
苦く笑う顔は、辛い出来事を思い出しているというよりは、まるでやんちゃな子どもを困ったように見守っている父親のようにも見えた。
「そんときにさあ、俺は色々考えたんだ。今、どこが一番痛いかって言えば、それはきっと体じゃない場所でさ。体の傷は放っとけばかさぶたになって消えるけど、この“痛み”の原因は、どうやったら消えるんだろうって。
そのときに初めて、簡単には消えない傷があることを知って、そんなものがあることが、恐ろしくてたまらなくて。
でもさ、それ以上に、もしかして俺はこれまでに、誰かにこんな思いを味わわせていたんじゃないかって思ったら、すげえ怖くなった。
それはもう、とんでもねえことなんじゃないかって、気付いたんだよ」