「だめですよ。あいつ、一応ユーレイらしいんで」
「大丈夫だ、俺はそういうのを気にしない懐のでかい男なんだ」
「わたしが気にするんでだめです。わたし懐の小さい女なんで」
こっちを向いた冬眞と目が合う。
なんだか嬉しそうにひらひらと手を振ってくるから、無視していたら代わりに店長が振り返していた。
賑やかな店内。
いつもとは少し違った異様な雰囲気に、わたしは小さく息を吐いて、そっとカウンターの端に寄りかかった。
なんだか変な感じだ。
居慣れたはずのこの場所が、冬眞のせいでまるで知らない場所みたいに思える。
俯いた先の足。
革の剥げかけたエンジニアブーツは、確かに地面とわたしを繋いでいて。
わたしはここに居るんだと、確かめるように地を踏みつける。
そう、ここはわたしの居慣れた場所。
5年間ずっと居続けた場所で、これから先も居続ける場所。
ここで生きていくんだと、決めてしまった場所。
「なあ瑚春」
「はい」
「あいつは本当は、一体何者なんだ?」
ふいに訊ねた店長は、けれどわたしの方を向いてはいなかった。
怪しむようでも訝しむようでもなく、それはもういつもと変わらないのんきな表情で、ガラス戸の向こうを眺める冬眞の姿を見ていた。