──どん、と、通り過ぎた人と肩がぶつかった。
すいません、と謝ろうとしたときには、もう相手の背中は人ごみの中に消えていて、誰だったのかわからなくなった。
喧騒。雑多。点滅する、光。
立ち止まりかけて、でも止まらずに足を進めた。
同じ方向へ進む人の流れに乗って、逆らうことなく、そこに紛れる。
何も考えたりしない。早く時間が過ぎればいい。
一日が終わればいい。あっという間に明日が来ればいい。
どんな思いだって全部置いて行かれそうなくらい、呼吸をする間もないくらい、こんな世界、とっとと、終わっちゃえばいいのに。
「きゃはははっ! 何それえ!」
甲高い声に目を向けた。大学生らしい集団が、すぐ側を道を占領しながら歩いていた。
少しだけ歩く速度を速めた。
人の隙間を縫って、できるだけ、前へ、前へ。
こんなにもまわりがうるさいのに自分の靴音は聞こえていた。隣よりも細かいリズムで刻む足音は確かにわたしを前へ運んでいる。
だけど、やっぱり、どこか、だめだ。
足が重いんだ。夢の中で何かから逃げるときみたいに、なかなか早く歩けない。
でもそれはきっと気のせいなんだ。本当は普通に歩いている。
前へ進んでいる。道の先へ。でも進めていない。だめなんだ。
わたしだけが、置いてかれてる。まわりの世界に。進む時間に。
誰もそれには気付かない。知っているのはわたしだけ。
誰もが自分の世界を生きている。だからわたしの世界なんて、気付く間もなく通り過ぎる。
そういうものだから、そういうふうに出来ているから。
誰かの時間が止まっても、世界は、止まりはしないから。
「ねえ」