「……ばかじゃん」
だけどやっぱり涙は出なくて。
唇を噛むわたしを、冬眞はただ、その瞳で見つめていた。
……何を言っているんだろう、わたしも。
なんだか頭がよく回らない。
きっと、掬い上げなくてもいいことを、拾ってしまったからなんだと思うけど。
「あんたはただ行き倒れてたところをわたしに救ってもらっただけでしょうが」
「倒れてた覚えはねえけどなあ」
「そんなもん返さなくていいから、金を出せ金を」
「うわ、ひどいこと言ってる。日本人は人情の民族だろー」
「知るか」
掬い上げた思いをもう一度沈めて、大事に大事に蓋をする。
零れてしまわないように、溢れてしまわないように。
そしてまたわたしは、止まった世界を、生きていく。
「わたし先にお風呂入るから、あんたは食器洗っておいて」
「お背中流そうか?」
「いらん!」
もう、動き出すことのない世界を。
あの日から止まった、先の無い時間を。
「まあ、いつでも言って。俺は瑚春が呼んでくれたら、飛んでいくから」
「……変態」
わたしはこれから先も、ひとりで、生きていくんだろうか。