「……冬眞」
きっとあんたは、世界が灰色に汚れていく景色なんて見たことがないんでしょう。
この世には、絶対に救われないものがあることなんて、知りもしないんでしょう。
世界が崩れるほどの絶望が、簡単に起こりうることなんて、思いもよらないんでしょう。
だから、そんな風に、笑うんでしょう。
───わたしは笑えない。
笑い方を、忘れてしまったわけではないんだ。
お腹の底から本気で笑い転げたことも、嬉しくてだらっとにやけたことも。
なんで笑ったのかも、笑うその先に誰が居たのかも。
わたしは全部、覚えているんだ。
そう、覚えている。
笑うことも、泣くことも、怒ることも、寂しさも、嬉しさも、温かさも。
全部覚えているのに、全部ここにあるはずなのに。
だけど、それは、最初から。
割れた片割れのひとつだったから。
ぴったりと重なり合うかけらがなければ、生まれることのない感情。
笑うことも、泣くことも、怒ることも、寂しさも、嬉しさも、温かさも。
わたしひとりじゃ感じられない心の声。
もう、ずっと、あの日から。
聞こえはしない、心の声。