「瑚春?」


座っていたベッドが少しだけ沈む。

どうした、腹でも痛いのかって、心配そうな声が顔を埋めた枕の向こうから聞こえた。


「……なんでもない」

「なんでもないなら顔、上げろよ。どうしたんだよ、急に」

「なんでもないってば、大丈夫だから」


本当だ。

お腹なんて痛くない、そんなことになってたらとっととトイレに駆け込むし。

というか、別にどこも悪くないし、おかしくもない。

心配されるようなこと、わたしには何ひとつだって起こってはいないんだ。


ただ、思い出しただけ。


思い出すほど、忘れていたわけじゃないけれど。

それではあまりにも苦しいから、無理やり奥深くに沈めていた記憶。


それは、全部、不思議なほどにとてもとても優しいんだけれど。

その優しさに比例するみたいに、頭の中を廻るたびに心臓を強く締め付けるものだから。

耐えきれなくて、でも決して失くしたくはないから、大切にしまっていたもの。


きみの、記憶。



思い出したくなんてない。

だって思い出は、もう過ぎ去ってしまった過去だから。

取り戻せない時間だから。


思い出すのは、きみが、もうここにはいないって、突きつけられているようで。