◇
「あ、そうだー瑚春、ちょっといいか」
お客さんが一旦引いた暇な時間。
ひらひらと手を振る店長に歩み寄れば、何を言われるでもなく渡された謎のファイル。
「やっぱ俺には無理だったわ。そこの担当は、全部お前に任せるから」
よろしくね、とわたしの文句を聞きたくないのだろう、逃げるように奥に消える背中をわたしは射殺すように睨みつける。
でも図太い店長はもちろんそれくらいじゃ死なないから、わたしは諦めて手元のファイルに視線を落とした。
つい先日から、店長の独断と偏見で始めた天然石のコーナー。そこの商品に関する知識が、このファイルにまとめられていた。
わたしも販売する者の知識として何度か覗いたことはあるが。
似たり寄ったりのカタカナの名前、それから産地やら硬度やら材質やら意味やら、何やらいろいろとよく分からない説明がぐだぐだと書かれていたものだから、店長には向いてなさそうだなとは思っていたけれど……まさかこんなに早く挫折するとは。
俺が売りまくってみせるぜと、張り切っていたくせに。
「……わたしだって、むりだっつーの」
独り言も漏れる。
店内の一角に、そのコーナーは設けられている。
アクセサリーのほかに、数十種類のビーズが小皿に分けられていて、石に込められた意味というものも、一緒に書いて置いている。
よくわからないけれど、恋愛運とか金運とか、それぞれの石にそれぞれの意味があるらしい。
今はこういうのが流行っているみたいで、すでにそこそこの人気は出ているコーナーだけれど、わたしはどうもこういった“意味合い”みたいなのには興味が持てない。