『ではフユ先生』

「はい」

『原画のスケジュールに関してまたメールをしておきますので、確認しておいください』

「かしこまりました」

『……くれぐれも、3年前のように神隠しにはあわないでくださいね』

「はいはい、わかってるよ。何回言うの。俺ってどれだけ信用されてないわけ?」

『フユ先生はどうにもふわふわしてるから心配なんですよ。たとえば奥様でもいらっしゃれば、私が心配する必要はないんですけど』


そう言う自分こそまだ独身の癖に。

という言葉は呑み込んだ。以前聞いたことだけど、彼は、結婚をする気がないらしい。家庭に向いているタイプだと、俺は思っているけど。


「残念ながら奥さんはいないから、ぜひあなたが心配してくれ。ああ、でも……そうだな。もしかしたら、もうすぐできるかもしれない」

『え? 何がですか』

「奥さん。俺、今回の休暇で、プロポーズしに行く予定だから」


携帯端末の向こうで、森下さんが息を呑んだのがわかった。

つい零れそうになる笑い声に、慌てて口元に手を当てる。


「いや、わかんないけどね。『あんたなんかやだ』って、断られるかもしれないし」

『いえ……でも、驚きました。フユ先生には恋人はいらっしゃらないと思っていたので』

「うん、恋人はいないよ」

『え? ……えっと、では、どなたにプロポーズしに行かれるのですか?』

「なにそれ、プロポーズって、大切な人以外誰にするものなの?」


また少しの沈黙のあとで『フユ先生はときどきよくわかりません』という小さな声が聞こえて、それには声を上げて笑ってしまった。