「……っと、おしまい」
パチン、とキーボードのエンターを弾く。
今、新しくうまれたばかりの小さな物語を、古いデスクトップパソコンに上書きで保存した。
ぐっと両腕を伸ばすと、関節からパキパキと音が鳴る。
久しぶりにまともに瞬きしたからか、目からぽろぽろと感情の籠もっていない涙が零れ落ちた。
確実に今日仕事を終わらせるために、この1週間ほとんど寝ずに画面に向き合っていたせいだ。
ひどく疲れはあるけれど、それよりも充足感の方が勝っている。
それになにより、これからの大切な“用事”を思えば、疲れている暇なんてあるわけもない。
机のすぐ横にある窓から、冷たい風が吹いていた。
まだ、窓を開け放つには早い季節だけれど、籠もりっぱなしなのが窮屈で、いつの間にか開けていたのだ。
窓際には鉢に植えた、花びらの少ない小さな花が。ついこの間、咲いたばかりだ。
鮮やかなその花の向こうの、四角い景色を眺める。
見慣れた光景だった。マンションやビルの立ち並ぶ、狭くて賑やかなこの街の景色。
……あの街は、綺麗だった。海の近くの、あの町も。
ふいに思い出した風景は、今も色鮮やかにここに残っている。
風景だけじゃない。あの思い出の中の、とても短いあの日々の、何より大切な、想いもすべて。
仕事机の横に置いた小さな台には、いくつもの書類や広告が重ねられている。
その一番上、飾り気のない白い封筒を、疲れて力の入らない指先で拾ってみた。
中身はもう何度も読んだから、封はもちろん開いている。
便箋の裏側に書かれた送り先の住所は、いつか、ほんの短い間だけを過ごした、あの街の名前だった。