『 コハル 』




頭の中の心音が、どんどん大きく鮮明になっていく。


それと一緒に、わたしの名前を呼ぶ声が、する。



「それがなんでか、ずっとわからなかった。誰が呼んでいるのか、なんでそんな気がするのか。

だけど、そのうち、ひとつだけ気付いた。その誰かが呼んでいるのは俺じゃない。

“ここ”に居る、ひとのことだって」


胸に当てた手をぎゅっと握って、冬眞は、その奥にあるものを示した。

今も命を刻んでいる、真ん中のもの。


冬眞の胸で鳴る、誰かの、心臓。



「会いに行こうと思った。会わなきゃいけないと思った。でも俺じゃ、その誰かを見つけられるわけがない。

俺が俺であっては、絶対に見つけられないんだ。“俺”を呼んでいる誰かは、“ここ”に居るひとじゃなきゃ見つけられない。

だって、ずっと呼ばれているのは、俺の名前じゃないから。


だから俺は、この体以外の、俺が俺である証をすべて置いて家を出た。

俺はただの容れ物なんだ。それでいい。俺はもうとっくに中身を捨てた空っぽで、だから今ここに在るものが、何よりも大切で。

その大切なものがどこかに向かおうとしてるんだ。どこかに行きたがってるんだ。だから俺は行かなくちゃいけない。


行く当てなんてなかった。どこに向かっているのかもわからなかった。

だけど、ずっとずっと、どこかに向かって進んでいて、辿り着いた、この街で。


俺は、瑚春を、見つけたんだよ」




冬眞が笑う。


その表情を見つめる奥で、いつかの記憶が流れていく。