「瑚春」
冬眞がわたしを呼ぶ。わたしは冬眞を見上げる。
一直線に重なる視線。
冬眞の睫毛が、少しだけ下がった。
「心臓を移植しても、必ずしも生きていけるわけじゃない。拒否反応とか感染症とか、いろんな危険はたくさんある。
でも、俺のこの心臓は、最初にあった心臓よりもずっと、不思議と俺の体に馴染んで、主治医の先生も驚くくらいにすんなりと、俺の一部になった。
世界が変わったよ。
本当に、単純な奴だって笑うかもしれないけど、見るもの全部が違って見えた。世界はこんなに綺麗なんだって、奇跡はちゃんと起きるんだって、大声に出して叫びたいくらいに、そう、思えた。
自分の胸で確かに鳴っている心音を聴いて、初めて、俺は生きてるんだって思えたんだ。
本当によかったよ。大切な贈り物を……この心臓を、貰えたこと」
冬眞の指先がゆっくりと傷跡をなぞっていく。
縦に長い痕。その丁度真ん中あたりにあったのが、わたしの片割れの、ガーネットのペンダント。
「何もかもがそれまでとは違った。俺は本当に幸せだった。毎日が楽しくて、新鮮で、明日が、待ち遠しくて」
冬眞の大きな手が、小さな赤い石をそっと撫でる。
そこで初めて、冬眞は少しだけ表情を歪めた。
「なのにね、おかしいんだ。ときどき、なんでか、無性に悲しくなるときがある。いや、悲しいっていうのは違うかな。すごくね、心配なんだ。
俺のことがじゃない、誰かのことが。誰だかわかんないけど、誰かのことが、すごく心配で、不安で。
心臓がぎゅってなるんだ。それは壊れてた前の心臓が変な動きをしたときよりも、ずっと痛くて、辛かった。
苦しいんだ、不安なんだ。俺はすごく幸せで、何ひとつ心配なことも悲しいこともないのに。なんでなんだろう。
誰かが、どこかでひとりで、涙を流せずに泣いている気がして。
誰かが、ずっと、“俺”を、呼んでいるような気がして」