坂道が終わり、丘の上。
平坦な道についても、冬眞はわたしの手を離さない。
「瑚春、前に俺に言ったよな。この世界がどれだけ淀んでるか知ってるかって」
今までとの繋がりもわからない唐突に始まった話題に、また何を言いだすのかと思いつつ、わたしは何も言わずに後ろを歩く。
冬眞もそのまま、言葉を続ける。
「知らないって、俺は答えた」
覚えている。
あのとき冬眞は、穏やかに柔らかく笑いながら、こう答えた。
『悪いけど、知らないよ。俺が見てきた世界は、必ず、綺麗なものしかない』
思っていたとおりの答えだった。
だってこいつはそういうふうに笑うから。
この世界には救われないものもあるってことを、まるで知らないみたいに、笑うから。
きっとこいつの見てきた世界は、わたしとは違うのだと、そう、思っていた。
「でもね、瑚春」
小さなロータリーを抜け、アパートへ続く最後の道を歩く。
モダンな造りの門が見えている。
その向こうには、わたしたちの家。
「あの答えは、半分ほんとだけど、半分うそなんだ。俺は、瑚春にうそを吐いた」
そのとき一度だけ、冬眞がわたしを振り返った。
足を止めることはしなかったけれど、本当に束の間、冬眞の視線とわたしのそれが交ざりあう。