やるべきことをやっている間は、何も考えなくていいから楽だった。

手を動かしてさえいればそのことに集中して、他のことには頭が回らなくなる。


逆に、手を止めてしまうと余計なことが思い出される。

昨日の夜のこと。

今日の朝、しんと静かだった家のこと。

あいつが居た、5日間のこと。


もうすべて、わたしには必要のない記憶だった。

一番に消されていくはずのどうでもいい思い。



わたしが咄嗟にあいつに言ったのはきっと心からの言葉で、あいつがわたしの家を出て行ったのも、あいつが勝手に決めたこと。

いつかはまたこれまでのように、一切関わることもなく生きていくんだとわかっていた。

それがいつになるかを知らなかっただけで、それがたまたま、今だっただけ。


この短い日々は、きっとお互いの人生に何の変化も意味も与えないだろう。

小さな自然災害のように突然やって来て突然消える、ちょっとしたイベントのようなおまけの出来事。


あいつは、ただの、それだけの存在。



───なのに。

どうしてこうまでも。

あいつの顔が、消えないんだろうか。


気を抜くと浮かんでしまう。

楽しそうに笑ったり、宥めるみたいに優しかったり、悲しそうに、わたしを見たり。

そういう、とても豊かだったあいつの表情と、昨日、必死でわたしの名前を呼んでいた、声。



『 コハル 』



それはまるで、ハルカがわたしを呼んでいるように聞こえて。

だけど違うってわかっているから、余計に憤って、拒絶して。


あんたなんか要らないって本気で思った。

もう消えろって、居なくなれって。


だけど───