洗面所から出ると、ふとキッチンに何かがあるのを見つけた。
お皿に乗って、ラップを掛けられたみっつのおにぎり。
たぶん、わたしの朝ご飯。
それをレンジで温めて、テーブルに持って行きのりを巻いて食べた。
具のないおにぎりだったけれど、程よい塩加減がおいしかった。
食べている最中、本棚の横に紙袋が置かれているのに気が付いた。
皺のついた便箋が、開いた口から覗いている。
昨日わたしがぐしゃぐしゃに丸めたはずのものが、綺麗に伸ばされて仕舞われているらしい。
それを視界には入れないようにしながら着っぱなしだった服を換え、5年前にハルカがくれたコートを羽織り、家を出た。
今日はいつにも増して一段と冷え込んでいた。
見上げた空は薄い灰色をしていて、今にも雪が降り出しそうな気配がする。
今年はまだ一度も降っていない雪。
そういえば、この辺りは毎年、いつくらいから雪が降り始めていたっけ。
考えて、だけど思い出すことはできずに、わたしは足元に視線を落としいつも通う道を歩いていった。
ドアを開けて、だけど開かなかったところで、今日から店長がいなかったことを思い出した。
いないからこそこんな時間にのんびり出勤していたはずなのに、いつの間に忘れてしまったのか。
ともかく、鞄から持ち帰っておいた鍵を取り出して、中に入る。
ガランとしていて静かな店内は妙な雰囲気に満ちていて、なんだか知らない場所のように思えた。
お客さんが間違えて入ってくるといけないからカーテンは閉めたままだ。
ただでさえ外は曇っているのに、おまけに照明も点けていないから、店内は昼間だというのに夜のはじまりのように薄暗い。
そのほうが落ち着いた。
明るい空間よりも居やすいし、作業に支障が出るほどでもない。
開いている平台に鞄を置き、一息つく。
それから放られていたエプロンを着け、やらなければいけない作業に取り掛かった。