朝の部屋の中に、わたし以外の姿はなかった。
漂う朝ごはんの匂いも、かちゃかちゃと鳴るキッチンからの音も、誰かの笑い顔も。
『あんたなんか居なくていい!! 消えて!』
そう言ったのはわたしだ。
口にしてしまったそのことに、後悔も罪悪感もない。
それであいつが本当にわたしの前から消えてしまっても、あいつが選んだことだから、わたしには関係のないことだ。
また今までの、たったひとりの毎日に戻るだけ。
あいつとは、もう二度と、関わることもなく生きていく。
ひとつ大きなあくびをして、寝癖まみれであろう髪を掻いた。
ずきん、とふいに引っ掻いてしまった左の耳に痛みが走る。
柔らかいはずの耳たぶに固い感触。
体に刻んでしまった消えない証。
ぐっと伸びをしてベッドから降りた。
冷たい水で顔を洗って、まだ覚めきらない目をこじ開ける。
洗面台は汚れひとつなく綺麗に磨かれていて、そこに映った自分の顔が妙に鮮明に浮かんでいた。
年齢より幼く見られることの多い顔は、けれどまだ10代だった5年前に比べると、随分と雰囲気を変えている。
止まっていると思っても、確実に進んでいく時間。
きみを置いて、ひとりきりで、どこかに向かい続けているわたし。
ひとりじゃ何もできないくせに、どこにだって行けないくせに、いつまでもきみの声を探して、どこでもない場所を、彷徨っている。