「……ハルカ……っ」


頬を伝う生温い感覚。

全てが滲んで見えない視界。

ずきずきと痛む喉の奥、震える呼吸、響く心音。


聞こえない、きみの声。



「ハルカ、応えてよ! ハルカ! ハルカぁ!!」

「瑚春! 何度言ったらわかるんだ! 春霞は死んだんだ!」

「死んでない! 死ぬわけない!! ハルカは生きてる!!」

「瑚春!!」


父の腕がわたしを包む。

脆く思えた体はやっぱり大きくて、だけど。


「離して!! ハルカに会わせて! ハルカはわたしが連れて帰る!!」

「いい加減にしなさい! もう死んだんだ! 連れては帰れない!」

「うるさい! だまれ!! ハルカを返して!!」

「これは春霞が決めたことなんだ!!」


父がぎゅっと抱きしめた肩に、冷たい感覚が降った。

耳元で聞こえる嗚咽、廊下に響く、哀しみの音。


「……春霞が決めたんだ。こうしてくれって……瑚春、わかってくれよ。あいつの、ためなんだ」



嗚咽混じりの掠れた声は、最早声とも言えないものだった。

父の肩越しに見えるぼんやりとした景色には、涙を流し続ける母の姿と、薄暗い蛍光灯。


心臓の音がする、呼吸をしている、生きている、今、ここで、わたしは。



「……お願い、ハルカを、殺さないで」



抱き締められた背中は、骨が軋むくらいに、痛い。