「打った場所が悪かった。頭の中に、大きな傷を負ったって」


父の手はわたしの腕を掴んだまま、そこから、微かな震えが伝わってくる。


「春霞の心臓は、確かにまだ動いてる。でも春霞はもう死んでるんだ。心臓だって、じきに止まる」


横にいる、母の嗚咽が大きくなった。

わたしをじっと見つめる父の細い瞳から、ぽたりとひとつの涙が落ちた。



───脳死。


何らかの原因で脳の機能が全て停止してしまうこと。

自発呼吸すら止まって、他の臓器もやがて機能しなくなり、死に至る。


簡単な知識なら持っている。


だけどそれがどうした。

わたしたちになんの関係がある。


そんなものはただの知識と情報の中での話。

わたしたちにはまったく関係のない話。



どうでもいい、興味ない。


そんなことより、早く、春霞に。





「……瑚春、聞けよ、とても大事な話だ」


父は手の甲で一度だけ顔を拭うと、もう一度わたしを真っ直ぐに見つめた。

わたしも同じように向き合っていたけれど、瞳にきちんと彼が映っていたかどうかはわからない。


「……あとでもう一度、2回目の脳死判定をする。そこで脳死と判断されれば、春霞は、手術を受ける」

「しゅじゅ、つ……?」


久しぶりに声を出した気がした。

その声は、とても自分のものとは思えない音をしていた。