さすがに今回は、野に咲く花を採りに行こうなんてことは思わなかった。

子どもの頃と違い隣町の隣町なんてのは近所と言ってもいいくらいの近さで、おそらくあっという間に行くことのできる距離ではあるんだろうけれど。

しかしながら結局、わたしはビオラの咲く丘の場所がわからないままだし、そもそも今になってはそんな場所が実在するのかすら疑わしい限りだ。



誕生日の前日。

その日は平日で学校があったけれど、どうせ1コマしかない講義だ、さぼって春霞へのプレゼントを買いに行くと決めていた。


朝、始まりというには随分と遅い時間に起きると、ちょうど春霞が外出するところに出くわした。

玄関で、ボディバッグを背負ってお気に入りのスニーカーの紐を締めていた春霞は、学校に行くよりも少し身軽な恰好をしている。


「おはよう、ハルカ」

「あ、おはようコハル。起きたの」

「うん。学校行くの?」

「いや、今日は、コハルへのプレゼントを調達しに行く」

「あらあら」


いつもは随分前から用意している様子なのに、前日に準備するなんて珍しい。

そう思っていると、春霞が立ち上がり、まだ寝癖で爆発していたわたしの髪を整えるように何度か撫でた。


「楽しみにしててね」


何日か前にわたしが言った言葉をそのまま口にして、春霞がドアを開ける。

隙間から入ってきた冷たい透明な風が、柔らかいこげ茶の髪を揺らしていった。


「うん。死ぬほど楽しみにしてる」

「あは、ハードル上がっちゃったなあ。歯磨き粉でも、怒らないでね」

「わたしは絶対に歯磨き粉なんかじゃ喜ばないよ」

「知ってるよ。大丈夫。素敵なものを用意する」


行ってくるね、春霞は言って家を出た。

わたしはうっかり盛り上がりそうになる気分を抑えつつ、しばらくしてから、春霞と同じように家を出た。