「そういえば、小さい頃も、こういうことあったね」


ようやく知っている駅名を通り過ぎるようになって、電車の揺れが心地良く少しうとうとしかけていた頃。

春霞が、電車の中吊り広告を見上げながらそんなことを口にした。

かすかに寝ぼけた目つきを、何度か瞬きをして目覚めさせる。


「あったっけ」

「忘れたの? 俺ははっきり覚えてるけど」

「いつ?」

「確か、小学校3年生のときの、誕生日の前だったかな」


小学校3年生。

春霞がガキ大将にいじめられて、そのかたき討ちをしようとして逆にぼこぼこにされたり、鉄棒で大技に失敗したりした歳の頃。

あのときは、そんな出来事のすべてが悔しくて悲しくてたまらなかったけれど、今思い出すとそれは全部ただの笑い話にしかならない。

くだらなくて楽しい、小さな頃の思い出。


「あ、あれか。もしかして、わたしがビオラを探しに行ったときのこと?」

「うん、そう。あのときもコハル、ひとりで遠くに行って、ひとりで迷子になったよね」

「ああ、そうそう。それであのときもなぜか、ハルカが迎えに来てくれた」


そうだ、思い出した。

小学校3年生の冬、9歳になる誕生日のちょっと前。


今日みたいに、わたしは誰にも内緒で家を出て、知らない遠くの町に行った。

そして案の定迷子になって、泣くことも出来ずにひとりで途方に暮れていたんだ。


得体の知れない不思議な町、沈んでいく夕日、どこまでも湧きあがる恐怖と不安。


何もかもがカラーで蘇ってくる。

懐かしい、いつかの記憶の1ページ。