そんなわけはなかった。
こんなところで、春霞の声が聴こえるはずもない。
だってこんな遠くの町だ。
電車で何時間もかかるような町だ。
突発的に内緒でひとりでやって来た。
まさかわたしがこんなところにいるなんて、誰も思うわけがない。
おまけにこんな真っ暗な夜に、隠れるみたいに恐竜の中に潜んでいるのに。
春霞が、わたしを、見つけられるはずなんてない。
「無視するの、よくないよ。コハル」
がし、と頭の両脇を掴まれる軽い衝撃があった。
そのまま膝に埋めていた顔が、自分の意思じゃなく持ち上げられる。
「やっぱり、ここに居た」
公園の隅の小さな街灯。
それがぼんやりと、きみの輪郭を浮かび上がらせる。
「ほんとにコハルは、世話が焼けるね」
わたしと同じ色の猫っ毛。
去年の誕生日にあげたネイビーのマフラー。
わたしに向かって笑う顔。
そして何より、わたしの名前を、呼ぶ声。
「……なん、で」
なんで、いるの、ハルカ。
訊ねようとしたその言葉は、もう言葉になんてならなかった。
わたしは両目からぼたぼたと涙を流し、春霞の全身にしがみついた。