珍しく、帰った家に春霞の姿はなかった。

いつもわたしがフラれた日には出迎えてくれるのになと思いつつ、そのときばかりは居ないのが好都合だった。


携帯は部屋に置いて、ブタの貯金箱に隠していた数千円というほんの僅かの財産だけを持って、わたしはひとりで家を出た。


一番に好きだった先輩の、一番にはなれなかった。

そんな自分が嫌だった、これまでのわたしなんてどこかに行けばいいと思った。

もう、誰も知らない、どこも知らない場所で、たったひとりになりたかった。



家の近くのローカル電車の駅から、一番高い切符の町に向かった。

もちろんそこは行ったことのない、わたしの知らない町だった。


真っ赤に塗られた2両編成の短い電車の一番うしろ。

通り過ぎる景色を横目に見て、2時間という長い時間、わたしはひとり電車に揺られて運ばれた。

汽笛が鳴るたび静かに目を瞑る。

こんなところで、知らない町へと孤独に向かっている自分を思うと、憐れで儚くて可哀想で仕方なかった。



その町に着いたのは、日が暮れかけたときだった。

初めて来た終点の小さな駅は、造りがわたしの町のものとよく似ていて、どこか古臭くて懐かしい様子が感じられる。

ふたつしかないホーム、同じくふたつしかない改札、姿の見えない駅員さん。

そう、こんなに遠いところに来たと言うのに、なんだか何ひとつ変わっていないみたいだ。


だけど、やっぱり、根本的な部分が明らかに違った。


駅から見える町並みですら、決してよく見ているものと大した違いはないというのに、どことなく異様な雰囲気を醸し出してる。


なんら特別なことはない。

それは、“知らないところ”というだけの、些細で大きな相違点。


───ここは、どこだ。



だんだんと込み上げてくる不安が、失恋のショックを上回って掻き消していく。

何考えてるんだろう、傷心旅行かなんだか知らないけれど、こんなわけのわからないところに突然やって来て。

馬鹿か、お前は馬鹿か、メロドラマの見過ぎだ、今どきフラれたショックで旅に出るなんてそんな陳腐な奴どこにもいないよ。

しかもよくよく考えれば地元まで戻る電車賃も残っていないし。

携帯も家に置いて来たし。


……連絡取れない、帰れない。

これは、本格的に、迷子だ。