坂の上のロータリーを抜けるとすぐにアパートが見えてくる。
門を抜けて、植木を通り過ぎて、2階へ続く階段をのぼって。
そして一番奥のわたしの部屋、そのドアの前に着いたところで、冬眞の足が止まった。
家に帰るには、もうドアを開けて中に入るだけ。
それなのに冬眞は、まだわたしの手を掴んだまま、背中を向けて、ただそこに立っている。
LEDに換えたばかりの電球がわたしたちを照らしていた。
冬眞の髪は光に当たっても真っ黒で、だけど自然な色だから、たぶん地でその色なんだろう。
色素の薄いわたしの色とはずいぶん違う。
わたしがよく見ていた誰かの色とも、全然違う。
「なあ瑚春」
冬眞が、ゆるりとわたしを振り返った。
わたしを見下ろして、電球を背にした表情は、暗くてよく見えない。
だけどその瞳だけは確かに、わたしを見ていた。
「覚えてる? 俺は、瑚春に、涙と笑顔を返すために、ここに居るって、言ったよな」
冬眞の手が、わたしの手を握り直した。
ぎゅっと、まるでどこにも、逃げてしまうことのないように。
「瑚春、あんたはいつまで、通り過ぎてきた遠くの道を、見つめ続けるつもりなんだよ」
月の光でも入ったんだろうか、少し顔を上げたせいだろうか。
その一瞬、見えにくかった表情が、やけに鮮明に浮き上がる。
「いい加減、恐がらないで、自分が今居るこの場所をきちんと見ろよ」
その顔が、とても、とても、悲しそうに見えたから。