もう明日には、店長はスイスに旅立ってしまうらしい。

なんと急で勝手なことだろうと毎度のことながら思うけど、それ以上に1ヶ月、あまりすることがなくなるのがいつも辛いところだった。


仕事が好きなわけじゃないけれど、何もしないよりは、しなければいけないことがあった方が楽だった。

そうすれば時間は勝手に過ぎて、ちゃんと、いつの間にか、毎日は終わってくれるから。




いつもの坂道を、ひとりでゆっくりとのぼっていく。

耳が痛くなるほどに静かな道。

凍てつく寒さが肌に直接突き刺さって、なんだか逆に熱く感じる。

澄んだ空気だ。

星がよく見えて天気がいいけど、そろそろ、雪でも降り出しそうな気配がする。


一歩、一歩、ゆっくりと、坂をのぼる。


履き古したエンジニアブーツは音も立てずに地面を踏んで、少しずつ、わたしをどこかへ運んでいく。


一歩、一歩。

のぼっていく。


一歩、一歩。

進んでいく。


どこかへ向かって、ひとりで。

今わたしが帰る場所へ。

───そんな場所、もうないのに。


静かな道、真っ暗闇、誰もいない場所、冷たい風。


空っぽの手は冷えている、指先は寒さすら感じない。

吐き出した息は白く濁る。

わたしはひとり、どこかへ向かって歩いている。

───向かう場所なんてわからないまま。


追いかける背中を見つけられないまま。

一本道を、進んでいる。