「なあ瑚春」
店長の手が離れる。
わたしは目を合わせないまま、顔は上げないまま。
「お前はいつも下を向いてんな」
下を向いたままのわたしに、頭の向こうから声が降る。
いつからだろう、足元ばっかり見て歩くようになったのは。
決まってる、ハルカが居なくなって、わたしの世界が止まった、あのときから。
そうじゃなきゃ、自分がどこへ向かっているのかわからなくなる。
ちゃんと見てなきゃ、ううん、ちゃんと見ていても、わからない。
わたしが今、どこに居るのか、きみが居ないと、わからなくなる。
「でも、それでいいんだよな、瑚春は」
ふいに、視界に店長の手が入ってきた。
伸ばされた人差し指が、コンコンと座っている床板を叩く。
「上を向いて歩こうってみんな言うけど、上ばっか見てちゃ危ないもんな。
ちゃんと自分の歩く道を見て進む瑚春は、慎重で確実で、誰よりも賢い子だ」
もう一度、わたしの頭に手が乗った。
でもさっきのとは違う、やさしくて柔らかい感覚。
「……でもわたしは、いつも立ち止まるし、進んでも、すぐに迷っちゃいます」
「いいんじゃねえの、そういうもんだろ。気にすんな、自分が見れないところは、他の誰かが見てくれる」
「他の誰かって、誰ですか」
「知らねえよ。そんなもんはお前が探せ」
「適当ですね」
「あたりめえだろ」
顔を上げると店長が笑っていた。
わたしはもちろん笑わないけど、それでも店長は勝手にひとりで楽しそうで、あほ臭くて。
わたしはまた俯いて、なんとなく、エプロンの裾を、ぎゅっと握り締めた。