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真冬の空気は、痛いくらいに肌に染み込む。
触れただけで赤くなるし、吐いた息を白く濁らす。
たくさんの人で溢れる大通りを、足元だけを見て進んで行く。
いつもの癖だ。
そうしないと、自分がどこへ向かっているのか、ちゃんと進んでいるのか、時々わからなくなるから。
賑わう大通りを抜けると、ローカル電車の停まる小さな駅がある。
そこを抜ければ新興住宅地と並ぶように、わたしの勤める店のある商店街が見えてくる。
商店街の入り口にあるのは地元民に人気のお洒落な喫茶店。
脱サラしたらしいご主人がうちの店長と仲が良く、わたしも何度か連れて来られたことがあった。
だけど、それはいつも見ている風景のひとつで、ご主人が外で掃除でもしていれば挨拶程度はするけれど、そうでもなければ気にもせずに通り過ぎてしまうその場所で。
つい、立ち止まってしまったのは、その店の前に、おとといまでなかったものが並んでいたからだ。
扉の両脇に置かれたプランターに、綺麗に植えられていたのは、色とりどりのビオラ。
少し風が吹くと、それに合わせてゆらりと揺れる。
今の季節によく見る花だ。
パンジーよりも小ぶりで可愛らしいところが、子どもの頃のわたしがこの花を気に入っていた理由だった。
記憶は、過去のもの。
失われてしまった戻らない時間───
止まっていた足を、止まる前よりも速く一歩一歩先へ進めた。
視界の隅で、鮮やかな花びらがいくつも、ゆらゆらと泳いでいるのが見えた。