遮光カーテンの無い窓は、すでに数時間前から部屋の中に太陽の光を招いている。

丘の端に建つここからは、眼下に広がる街の景色と、それを囲む低い山が見渡せた。


山の裾野のほうで、この辺りを走るローカル電車が行くのが見える。

もうすっかり始まっている朝。

昨日の明日だったはずの今日。


誰もが待ちわびる明日は、夜が明ければこれほど容易くやって来る。


何もしないでいても、立ち止まったままでも。

世界は、止まらず、どこまでも知らない場所へ進んでいく。




「瑚春ー、ちゃんと着替えてるかー?」


バスルームから声がした。

ガタガタと音も聞こえるから、どうやら溜まった洗濯物をまとめて洗っているらしい。


「のんびりしてると遅刻しちゃうぞ」

「……今、着替えるとこ」


たぶん聞こえていないけど、ぼそりと口の中で呟いて、すっかり見慣れた景色の前に立った。

大きく伸びをして、その勢いのままパジャマ代わりのスウェットを脱ぎ捨てる。


分厚い上着の下には着古したキャミソール、その上で、ころんと赤い石が跳ねた。

冬場はいつも服の下に隠れているペンダント。

無意識にそれを指で撫でると、ごつごつと固く不細工な感触がした。


未だに、とてもじゃないけどお洒落だなんて思えないものだ。

おまけに10年以上もこの肌から離したことのないせいで、色褪せない素材の物で出来ているはずのチェーンも、新品の頃のような光沢を失くしていた。


だけど、それでも、これは、今わたしの手に在るものの中で、唯一の、大切なもの。