頭ではわかっていたんだ。

だけどもっと別のところが、わたしの足を動かさなくて、わたしの口から、そんな言葉を吐き出させた。


なんでかなんてわからない。

わかったのなら苦労はしない。

早く逃げたい、関わりたくない、この瞬間を消し去りたい。

そう思っているのは事実なのに。


でも、それでも、もしもここから逃げてしまったら。

この男の前から消えてしまったら。




『 コハル 』




もう、二度と。


きみの声が、聞こえなくなるような。

わたしの声が、きみに届かなくなるような。

そんな気がして。



男がくつくつと小さく笑う。

その声は冷たい外の空気に溶けて、わたしの鼓膜以外を揺らさない。