気付けば、男の手はもうわたしの腕を離していた。
ただそこに立って、静かに、何かを想うように、男はわたしを見つめていた。
動かないための繋がりは途切れて。
大きな通りはわたしの側にあって、人もたくさんいて。
手から解放されたおかげで、いつでも逃げられる状況になっていたけれど。
「あ……あんたは」
わたしの足は、その男の前を動こうとはしなかった。
頭ではわかっていた。
早く逃げないと。
こんなに怪しい変な奴、絶対に関わっちゃいけない。
おかしなことに巻き込まれる前に、早くここから離れて、いつもの、あの日々に、戻らないと。
そう、止まってしまったわたしの世界に。
半分が死んだわたしの世界に。
止まってしまっているのに、壊れてくれない、わたしの世界に。
戻らないと、いけないのに。
「あんたの、名前は」