だからなんで、と口に出そうとしたけれど、もうそれは声として出ては来なかった。

ただの空気みたいに掠れていて、なんとか音が漏れたくらいで。

痛いくらいに胸を叩く心臓を、隠す術すら、もうなくて。


「……だって」


男が少し眉を寄せる。

困ったみたいに。困っているのは、こっちなのに。


「言ったろ、お願いがあるんだって」


聞いたけれど、だからそれを聞いてやる義理が一体わたしのどこにあるのか。

そんなこと教えてくれなくていいけれど、離してくれれば、それでいいけど。


一歩後ずさる。

腕で男と繋がったまま。

言いたくはないけれど、きつい割に、存外、優しげな手つきで。


「……あんた、誰? なんなの、一体」


問い掛けた声は大通りの喧騒に消されかけて、でも男には届いたらしい。


「んー、そうだなあ……」


男は考えるように斜め上に視線を投げて、それからまたあの人懐こい顔で、わたしに笑った。


「ユーレイ、ってのは、どう?」